さて、私の本業は著述家なのであるが、実は、児童指導員としての顔も持っている。
はじめは、まだまだ本業だけでは食っては行けなかったためにはじめたアルバイトだった。しかし、仕事をはじめてみると子どもたちとの時間は非常に居心地が良く、いつの間にか私の人生になくてはならない場所となっていったのだ。
今では毎日数時間程度、仕事ではあるもののリフレッシュを兼ねて毎日子どもたちと遊んでいる。
* 児童指導員としての私については、また語る機会があればと思うので、ここで詳細を述べることは割愛する。
そして、そんな私にとって大切な場所で、私はたまに考えることがある。
無邪気な彼らの様子を見ていると思うのだ。この子たちにも将来という物があって、その中には楽しいことも、悲しいこともあるはずであることを。
むしろ、人生では泣きたくなるようなことや思い通りにいかないことの方が多いかもしれない。
大人になってより多くの理不尽を知り、他人や自分を責めてくなる場面にだって出会うかもしれない。
そう思うと私の胸は苦しくなる。
しかし、人生に於いてそのような場面は避けようもない出来事でもあることも私は知っている。
だから私はそうしたときに、彼らの側にいて、寄りかかれる存在になりたいと思うのだ。
それは物理的にでも、精神的にでも、私の全ての活動が彼らにとってそんな存在になれたなら、これほど幸せなことはない。
なぜなら、今私は、彼らの存在に助けられていると思うから、
私は恩を返したいと思うのだ。